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『キャンパスナイトフジ』が終わって

ちょっとした喪失状態が続いている。




いよいと

NHKと「世界の車窓から」くらいしか

地上波の楽しみが

なくなってしまったじゃないか。





キャンパスナイターズの女の子たちの

ブログのコメントを見ると


ちょっとした

「祭りのあと」状態になっていて
 
なんだか凄いです。




「テレビ番組が終わって、
こんなに悲しい気持ちになったのは初めて」

「僕の青春も終わってしまった感じ」

「これから何を楽しみに生きていけばいいかわからない」

「ショックで体調を崩してます」


などという


さすがに具合を心配してしまうほどの

青臭い&栗臭いコメントが

いやになるくらい並ぶ。




だいじょぶかな…。





しかし、

実際にイベントに来ていた人たちを目にして

一番強く感じたことは


いわゆるアキバ系のような男も
もちろんたくさんいたが


いわゆる

そんなにイケてなくもない
(彼女だっていそうな)

フツーの大学生
若い社会人

かなりの割合で多かったということ。





たぶん
いまどきのフツーの若い男にとって

週末の夜中、

こういう中学生男子的ばか騒ぎと

不道徳で不思議な開放感という

熱を持った

ナマ(放送)の洗礼を浴びたのは

間違いなく初めて。



免疫のない

彼らにとって

甘くて苦い

一種の青春の病のような状態で

その熱ははりついていたのだと思う。





おれのいたかった場所はここだと。






でも

愚かな人間というのは

年なんかとっても

免疫なんてそう簡単にはつかないのだと


はっきり今悟っている。




だってさ、

十分わかるもん!!!





リリーさんや

スチャダラパー

そして僕のようなアラフォー男子や


銀杏の峯田くんや

昌平のような

童貞マインドを忘れない三十代男子を

嫉妬させ


カトゥーンの亀梨くんや

いまどき大学生のような10〜20代前半男子を

夢中にさせた



男たちのこの地熱を感じ取れなかった

フジテレビの上層部に対して




若い奴らは

いっそのことお台場で暴動でも起こすか


『HANG OVER』のような

the-hangover.jpg

本気の嘆願署名運動をしたってよかった気がする。

(この映画の署名運動に興味ある人はこちら)




まあ

それこそあとの祭りだけど。






そう言う意味で

今回は


フジテレビ(というか地上波テレビ)への

可能性限界

言い換えれば

羨望失望を、同時に感じた。




だって

フジ以外の局には

こういう冒険は死んでもできないから。








ところで


現在、重版中で

AMAZONほかで絶賛品切れ状態中

『キャンナイ卒業アルバム』には

27名のアンケートが収録されているけど

06379441.jpg




中上「合縁奇縁」

宮崎「生きるとは息することではなく行動することだ」
(ルソー)

など、なかなか素敵な答えが並ぶ中


個人的に
一番グッときた答えだったのが

諾迪ノーディ)の答え。

RIMG0105.JPG



「ふりむくな

ふりむくな

うしろには夢がない」。





ふりむくな、を
2回リフレインするところとか
妙に気障ったらしい言葉だなと思ったら


これは寺山修司の言葉。



高校時代死ぬほど読んで
知ってたはずなのに

ちょっと思い出せなかった。




てか、この

日本育ちの台湾娘は

なんで寺山修司なんて知ってるのだ。

RIMG0106.JPG




この詩の中の

「ハイセーコー」

僕は心の中で

「キャンパスナイトフジ」

置き換えて、口ずさんでいる。







「さらばハイセーコー」寺山修司

 

 

ふりむくと 

一人の少年工が立っている 

彼はハイセイコーが勝つたび 

うれしくて 

カレーライスを三杯も食べた 

 

ふりむくと 

一人の失業者が立っている 

彼はハイセイコーの馬券の配当で 

病気の妻に 

手鏡を買ってやった 

 

ふりむくと 

一人の車椅子の少女がいる 

彼女はテレビのハイセイコーを見て 

走ることの美しさを知った 

 

ふりむくと 

一人の酒場の女が立っている 

彼女は五月二十七日のダービーの夜に 

男に捨てられた 

 

ふりむくと 

一人の親不孝な運転手が立っている 

彼はハイセイコーの配当で 

おふくろをハワイへ 

連れていってやると言いながら 

とうとう約束を果たすことができなかった 

 

ふりむくと 

一人の人妻が立っている 

彼女は夫に隠れて 

ハイセイコーの馬券を買ったことが 

たった一度の不貞なのだった 

 

ふりむくと 

一人のピアニストが立っている 

彼はハイセイコーの生まれた三月六日に 

自動車事故にあって失明した 

 

ふりむくと 

一人の出前持ちが立っている 

彼は生まれて初めてもらった月給で 

ハイセイコーの写真を撮るために 

カメラを買った 

 

ふりむくと 

大都会の師走の風の中に 

まだ一度も新聞に名前の出たことのない 

百万人のファンが立っている 

人生の大レースに 

自分の出番を待っている彼らの 

一番うしろから 

せめて手を振って 

別れのあいさつを送ってやろう 

ハイセイコーよ 

お前のいなくなった広い師走の競馬場に 

希望だけが取り残されて 

風に吹かれているのだ 

 

ふりむくと 

一人の馬手が立っている 

彼は馬小屋のワラを片づけながら 

昔 世話したハイセイコーのことを 

思い出している 

 

ふりむくと 

一人の非行少年が立っている 

彼は少年院の檻の中で 

ハイセイコーの強かった日のことを 

みんなに話してやっている 

 

ふりむくと 

一人の四回戦ボーイが立っている 

彼は一番強い馬は 

ハイセイコーだと信じ 

サンドバッグにその写真を貼って 

たたきつづけた 

 

ふりむくと 

一人のミス・トルコが立っている 

彼女はハイセイコーの馬券の配当で 

新しいハンドバッグを買って 

ハイセイコーとネームを入れた 

 

ふりむくと 

一人の老人が立っている 

彼はハイセイコーの馬券を買ってはずれ 

やけ酒を飲んで 

終電車の中で眠ってしまった 

 

ふりむくと 

一人の受験生が立っている 

彼はハイセイコーから 

挫折のない人生はないと 

教えられた 

 

ふりむくと 

一人の騎手が立っている 

かつてハイセイコーとともにレースに出走し 

敗れて暗い日曜日の夜を 

家族と口もきかずに過ごした 

 

ふりむくと 

一人の新聞売り子が立っている 

彼の机の引き出しには 

ハイセイコーのはずれ馬券が 

今も入っている 

 

もう誰も振り向く者はないだろう 

うしろには暗い馬小屋があるだけで 

そこにはハイセイコーは 

もういないのだから 

 

ふりむくな 

ふりむくな 

うしろには夢がない 

ハイセイコーがいなくなっても 

すべてのレースが終わるわけじゃない 

人生という名の競馬場には 

次のレースをまちかまえている百万頭の 

名もないハイセイコーの群れが 

朝焼けの中で 

追い切りをしている地響きが聞こえてくる 

 

思い切ることにしよう 

ハイセイコーは 

ただ数枚の馬券にすぎなかった 

ハイセイコーは 

ただひとレースの思い出にすぎなかった 

ハイセイコーは 

ただ三年間の連続ドラマにすぎなかった 

ハイセイコーはむなしかったある日々の 

代償にすぎなかったのだと 

 

だが忘れようとしても 

眼を閉じると 

あの日のレースが見えてくる 

耳をふさぐと 

あの日の喝采の音が 

聞こえてくるのだ 

 

 

 










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Profile

小林司(コバヤシ・ツカサ)

出版社勤務。東京の下町に生まれる。
2006年、NY帰りの天才フォトグラファーTommy氏と出会い、「妄撮(モーサツ)」と名付けシリーズをスタート。以後、「妄撮」を日々地道にプロデュース。ごく稀にユニットTommy&Kobbyを名乗る。

「妄想」シリーズはオムニバスの『妄撮 モーサツ』『妄撮☆Gold』『妄撮Blue』の ほか、『大堀恵×妄撮』『読モーサツ』『ちび妄撮』『妄撮シールブック』『鈴木凛×妄 撮』が発売中。2009年末発売のアプリ「妄撮 for iPhone」は、日本、中国、韓国、香港のエンタメ部 門で1位になるも、米アップルにより配信停止中。近々復活予定。

ananで不定期連載中のコラボ企画「妄撮男子」も春頃には書籍化予定。
他に、最近では『かすみひろ果穂写真集 お2人旅』『水原希子フォトブック KIKO』 など。

仕事の問い合わせ、このブログに対する感想や苦情などは、
 ts-kobayashi@kodansha.co.jpまでお気軽にどうぞ。twitterは@mosatsu_pでやってます。

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