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“見慣れた日常は、新しい視点によって旅になる” そんな可能性を証明するような旅列車「THE RAIL KITCHEN CHIKUGO(以下、RAIL KITCHEN)」が2019年3月、福岡県天神と大牟田間で運行スタートしました。 普段、通勤路線として使われてきた本区間で、どのようにして日常風景を特別な旅に変換させたのかを、RAIL KITCHENの開発企画を担当した西日本鉄道株式会社(以下、西鉄)の吉中美保子さんと栗原伸行さん、ブランディングプロデュースを担当したTransit Branding Studio(以下、Transit) 甲斐政博3名にインタビューをしてきました。

慣れ親しんだ駅の風景に、キッチンクロスをイメージしたポップな外観の電車が乗り入れる画がとても印象的です。 2019年に誕生した「RAIL KITCHEN」は、観光列車としてどのような構想があったのでしょうか?

  • 吉中

    以前から、外装を特別仕様にした観光客向けの列車は運行していました。それに対して「RAIL KITCHEN」は、沿線の魅力を発信することで地域を活性化するような列車にしたいと考えていました。

  • 栗原

    西鉄の路線って、どうしても通勤通学といった日常利用というイメージが強いので、観光のイメージがあまりないんです。
    ただ鉄道会社として成長し続けるには、やはり地元に愛される列車を目指していかないといけなくて。それがまた人を呼び、隣の街から人が訪れたり、循環が生まれると思っていたんですよね。

  • 吉中

    例えば「ここ、地元ですごい人気の飲食店なんです!」って言われたら、観光客の方も行きたくなるじゃないですか。笑
    それと同じで、「地元にすごい人気の列車なんだよね!」という存在になりたかったというか。

  • 甲斐

    最初に「通勤通学路線に観光列車を走らせたい」という相談をもらった時は、正直ハードルの高さを感じましたね。”街の人に乗って欲しい観光列車” ってどうしたら良いんだろう?と。
    当初は観光客を積極的に取り入れることも提案していたのですが、話を進める中で、地域に密着する西鉄らしさを引き出すために、ターゲットを大きく地元の方に振っていきました。そこから ”街の中の観光列車” という方向性に繋げていったんです。

そうして生まれたのが、「Local to Train」というコンセプトなんですね。 メインのターゲットとなった地元の方からは、運行後実際どのような反応だったんでしょうか?

  • 吉中

    やはり地元の方にとってはあくまで日常利用の路線であり、通勤通学の印象が強いので、当初は「いつもより綺麗な列車が走るんでしょ?」くらいのイメージだったと思うんです。
    ここまでアットホームな空気感で、地域の魅力が詰め込まれた列車は想像していなかったという声もいただきますね。

  • 栗原

    実際県外のお客様も来ていただいてはいますが、約7割は沿線を中心とした県内のお客様ですね。もう40回くらいリピートしてくださる方もいて、自ら電車の絵を描いて持ってきてくださる方もいるんですよ。

  • 吉中

    嬉しいのが、沿線の方たちが走ってくる電車に向かって手を振ってくれるんです。お店の方や保育園児も、近くの踏切まで出てきて手を振ってくれて。地域の方に少しずつとけ込んでいっている実感があり、すごく温かさを感じますよね。

  • 栗原

    電車は大体決まった時間通りに走るので、それに合わせて出て来てくれるんです。なので、ダイヤが変更になったり雨などでダイヤが乱れる時は「連絡しないと!」と焦らされます。笑
    そうやって生まれる地域のコミュニケーションは、我々だけでは実現できなかった、新しい形だと思います。

  • 甲斐

    そういう地域の方による自発的なコミュニケーションが、まさに「Local to Train」を体現してくれていると思います。
    当時の西鉄の社長もすごく気に入ってくださったとか。お客様だけでなくクライアント様が気に入って頂けることはとても嬉しいですね。

確かにリピーターの存在が、観光列車における新しい体験の実現を物語っているのかもしれません。 そんな「列車」という特殊な空間での体験を、これまで様々な「場」づくりをプロデュースしてきたTransitとして、西鉄さんと具体的にどのように実装していったのでしょうか?

  • 甲斐

    まず「街を繋いできたレールは人をつなぐ時代へ」をヴィジョンに、地元の作家さんや農家さんとコラボレーションしながら列車の要素を積み上げていき、地元の方に自分たちの街の良さを再発見していただくような体験をデザインしました。
    その中で、特に内装のデザインは苦労しましたね。「アットホームで居心地のいい場所をつくろう」というのは西鉄さんと同じ目線だったものの、各々違う価値観をすり合わせるのに時間がかかりました。

  • 吉中

    本当に大変でしたよね。1年位やり合っていたと思います。笑

  • 甲斐

    そうですね。笑
    電車って、安全面の観点から通常のお店と違う様々なルールがあり、内装に使える素材がとても少ないんです。
    例えば列車の天井は、福岡・八女の竹を使用した竹編みを施しているんですが、通常であれば内装材に可燃性の竹は使えないので、列車に搭載できる状態になるまで、何度も何度も試験を繰り返し実現に至っています。
    コーティングで生まれるテカリがどうしても嫌で。列車の開発していただいた方々と、大切な地域資源がテカリで安っぽく見えないよう、どこまで調整していけるかがかなり苦労しましたね。

  • 栗原

    甲斐さん、妥協しないから。笑
    ちなみにこの竹編みの天井は、1人の職人さんが半年もかけて作ってくださった、力作なんです。

  • 吉中

    出来上がって時間が経ったからこそ思うのは、あの時Transitさんが妥協していたらこの完成度には到達していないと思うんです。「やり合う」という言葉になるぐらい本音でぶつけあって納得いくまで話し合うプロセスがあったからこそというか。ものすごく時間はかかっていますけど。

  • 甲斐

    自分からすると、なんで分かってくれないんだろうっていうのは正直何回もありました。笑
    その中で、メールで話し、電話で話し、会って話し、何回もやり取りしながら、一緒に納得感を作っていったところは多分にありますね。

  • 吉中

    それで言うと、今回インテリアや内装の製作をお願いした、地元の職人さんとも何度も話し合いを重ねましたね。RAIL KITCHENの内装の壁や床材には久留米の城島瓦を使っているんですが、職人さんの手作りなのでどうしても焼き上げの作業などでわずかに形が変わってしまうこともあって。普段屋根瓦に使う瓦の1mmの誤差は大したことないと思うんですが、列車の内装材としてはその誤差がすごく大きなものなんです。

    でも私達の思いをしっかりお伝えすると、みなさんすごく前向きに検討してくださったんです。それは私たちの「地域の資源をきちんと発掘して、魅力として発信したい」という思いに賛同していただけたからなのかなと思います。実現できたのは地域の方々のおかげです。

  • 栗原

    私たち鉄道会社としても、作家さんや農家さんなど職人性の高い方々との繋がりってあまりなかったんです。そういう意味で、地元のお客様との繋がりだけでなく、地域資源に関わる方々とのコミュニケーションが生まれたのは、嬉しい側面でしたね。

あらゆる局面で誠実な話し合いが功を奏したんですね。クリエイティブに関して特に力を入れた点はありますか?

  • 甲斐

    空間作りで意識したのは、いかにお家のような居心地の良さを演出できるかという点でした。ぬくもりのある木をふんだんに使いながら、清潔感のある白と言うよりも、オフホワイトの色味をあえて使っています。

  • 吉中

    格子窓や窓枠がよりお家っぽさを強調していますよね。カーテンも付いているので、より落ち着いた空間を演出していると思います。

  • 甲斐

    その他だと、今回のRAIL KITCHENのロゴはデザイナーの福岡南央子さんにお願いしたのですが、よく見るとロゴの中に、いちごやぶどう、お酒などの地元名産品のアイコンが詰まっているんです。観光のイメージと紐づくような、柳川の川下りや大牟田の世界遺産などのアイコンも入れていただいて。
    筑後の方々が大切にしている地域資源を、列車に積んで運ぶようなイメージを作れたらと思い、象徴的なロゴが作れたと思います。

  • 栗原

    このロゴはお客様とスタッフとのコミュニケーションツールにもなっているんですよ。

今回、日常である ”通勤” 列車と、非日常である ”観光” 列車という、一見相反しそうな2つの存在をどのように融合させていったのでしょうか?

  • 甲斐

    一番重要だったのが、日常とは違う洗練された素敵な空間を目指しつつも、気取り過ぎないバランスをどう作っていくかというのは結構議論がありましたね。

  • 吉中

    そうなんです。格式高いサービスで緊張しながら過ごすのではなくて、あくまでお家に招いてもらった様な温かみがあるサービスと世界観じゃないとダメだなと。
    車内に使っている大川の家具も城島の瓦も、地元からすると昔から当たり前にあるものが、クリエイターによる編集が入ってハレのものになっているんですよね。非日常じゃなかったものが、デザインという力が加わることで特別で新しい魅力になっていると思っています。

  • 甲斐

    そこはメニュー開発でも気をつかったポイントですね。今回メインの食事として、現場で焼き上げる熱々の出来立てピザを採用しているのですが、お子様からお年寄りまで誰もが親しみのある食事にしたかったというのが理由のひとつです。その上で食材は地場の質の高いものを使用し、かつメニュー監修も一流の方々に入っていただいていています。
    ちなみにピザ窯を乗せた列車は世界中でみてもRAIL KITCHENだけだと思います。(自社調べ)

  • 栗原

    あとは乗務員の振る舞いにも言えるかもしれません。
    鉄道って、時代の変遷の中で自動改札機の導入などにより利便性は向上してきた反面、従業員がお客様と接する機会が減っていると思うんです。
    でもこのRAIL KITCHENのサービスは基本的に乗務員の裁量に任せていて、乗務員が積極的に車内に入っていって、お客様に食事や内装の説明をしたり、切符切りの体験をさせたりして、西鉄社員とお客様の接点が圧倒的に増えたと思います。お客様の前で、趣味のトランペットを勝手に吹く乗務員もいるんですよ。笑
    Transitさんのご提案で乗務員の制服もデザインしてくださったおかげで、普段のイメージと違ってすごく身近で親しみを覚える存在になった変化もあったんじゃないかと思います。

  • 甲斐

    それってすごく素敵なことですよね。環境が変わることで働く側にも自発的にこういうサービスをしていきたいという意識が芽生えたのは、運行してみて生まれた相乗効果だと思います。

これからも新しいコミュニケーションが生まれていきそうですね。 今、新しい生活様式などこれまでの当たり前がどんどん更新されていく世の中で、改めて”観光列車”のあり方や鉄道の目指すべきものとして、どのようなものを描いていますか?

  • 吉中

    価値観がどんどん多様化している世の中で、列車も多様性の観点が必要になってくるんじゃないかとは思います。
    食事しながら移動する観光列車もそうですが、例えば、Wi-Fi有りの指定席で快適に仕事をしながら移動する列車や、中で子供が遊びながら移動できる列車もあってもいい。
    そういう意味でこのRAIL KITCHENは、多様化していく列車のフラッグシップとして機能するんじゃないかとも期待していますね。

  • 甲斐

    確かに、普通の列車の特殊版が観光列車、というのが今までの通例だったと思うんです。でも、昨今世の中が大きく変わり働き方や住み方などライフスタイルが変わっていく中で、観光だけを目的にするのが観光列車じゃなくても良いんじゃないかというのは、ずっと話していました。そういう列車の使い方や体験の仕方を編集する視点が、今後より重要になってくると思います。

  • 栗原

    甲斐さんが言った通り、今色々な「ノーマル」が概念ごとひっくり返っている時代に、電車は正直これまで送客することが主な目的で、電車自体のノーマルはほとんど変わっていないんじゃないかと思います。
    そういった中で、例えば電車を待つだけではない駅、目的地へ乗っていくだけではない電車など、新しい付加価値で電車のノーマルはどんどん変わっていくんだろうなと思っているし、変えていかなければいけない時代なんだと思います。

  • 吉中

    それで言うと面白い話があって。
    RAIL KITCHENの終着駅である大牟田駅って、観光がメインの産業という訳ではないので、列車を降りた後に何をしたらいいか分からないというお客様の声も実はあったんです。
    それをきっかけに大牟田の方々と街の楽しみ方について協議するようになり、市内に眠っていた昔の路面電車を駅前に移設してカフェとして使うことになったんですが、それは本当にRAIL KITCHENがなかったら生まれなかった話だと思います。

  • 甲斐

    そういった、駅と駅を繋ぐ列車の存在が人と人を繋ぐ街を作るきっかけになった話というのは、我々としてもまさに目指していた姿ですし、本当に今回素敵なお仕事をさせてもらったと思います。

  • 吉中

    こうやって同窓会みたいに振り返ってお話できるのも嬉しいですよね。笑
    今回のプロジェクトはすごく勉強になったんですよ。Transitさんの1つ1つの細かいこだわり、食器選びや写真選び1つにしてもそうですが、当時はよく分からなかったことも、今になって見えてくることがあるというか。
    すごくいい仕事だったと改めて感じます。

THE RAIL KITCHEN CHIKUGO

福岡の西日本鉄道が運営する「天神〜大牟田」「天神〜太宰府」の2区間で運行する「地域を味わう旅列車」をテーマにしたレストラン列車は、ダイニング2車両、キッチン1車両の3両編成。キッチン車両にはピザ窯を設置し、沿線の旬な食材を使ったピザをメインとした四季ごとに異なるコースをライブで調理し提供。居心地の良いクリエイティブな空間と共に景色と料理を味わえる観光列車。

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